583 自己否定と自尊感情

宗教(真宗)に詳しいわけでもない。
心理学・哲学・教育に詳しいわけでもない。
わけでもないし、間違った思考かも知れないがふと思い続けていることを書く。
真宗では悪人正機説か親鸞様の教えかも知れないが、おまえ等は悪いことをするものだ。
だから悪いということを自覚しなくちゃならないよ。
でも安心していいよ、悪いやつだってお救い下さるのだ。
という。
悪くても救われる。
と言うことは誰でも救われると言うことで、差別がない。
地獄に堕ちるということもあるが、こうなると誰も地獄に堕ちるものはなくなる。
しかし、根底には悪いということを自覚せよ。
つまり自己否定せよ。
ということが横たわっている。
繰り返していうならば、自己否定してもいい、救われるから。
安心して自己否定せよ。
ということになる。
真宗は自己否定の教義を持っているといえる。
ここまで書いたことは間違いだろうか、それは分からない。
だが以前に上記のようなことを聞いたことがあって、そのとき、自分は教育に携わったものとしてふっと疑問がわきその疑問を呈したことがある。。
教育では自尊感情=自己肯定感を持たせること、あるいは育てることにきゅうきゅうとしている。
自己否定の反対のことである。
これをどう見るか、ということである。
自分は駄目な人間であると思うことは間違いである。
駄目な人間はいない。
だから自分を大切にしなさい。
生きてていいんだよ、命より大切なものはないよ。
だから命を大切にしてね。
と、いうのである。
太宰治も真っ青の人間合格論である。
相対する人間観であるのだが、どちらも正しい。
と考えていいのか。
敢えて二つを統一するならば、自己否定をするあなたのような人間も救われるのです。
だからもっと自分に自信を持って自分を大切にして生きましょう。
ということか。
強引過ぎか。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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