606 ベルリンの壁

鹿がまたひっかかっていたという。
それもまた全く同じところで。
参考までに見に行ってみたら、網が絡まり角だけ切り取られて巻き付いていた。
相当大きな鹿だったらしい。
網はぐちゃぐちゃにされていたのでまた直さなくてはならない。
それはともかく今日はベルリンの壁崩壊から25周年だそうである。
1989年11月9日にその事件は起こった。
政府高官の一言から一気に壁崩壊(自由な行き来)が始まったとされる。
自分はその時の様子はテレビ等で見聞きしているはずであるが、89年の日記の11月9日、10日を見てみたが、壁のことについては何も書いていなかった。
関心がなかったのだろうか。
仕事や職場の多忙な様子のみが書かれている。
当時の東ドイツの人々にとっては壁崩壊はそれこそ革命的な出来事だった。
一瞬のうちに「自由」が到来したのだ。
無血で行われたことは奇跡的でもあった。
やはりそれは人民の力であった。
「粛々とした」と言うフレーズがよく使われるがそれに近かったのではないか。
小さなデモから何十万というデモが行われるまでになっていった粛々とした力である。
当局はそれに耐えられなかった。
それに武力で応えていたら、悲惨な結果になっていただろうが、当時のソ連の加勢もなく上層部の判断が甘かったか適当だったか偶然の一言が蟻の一穴のごとく壁崩壊へと歴史を導いたのだ。
ということで香港の学生のデモはどうなるのだろう。
中国も同じ運命をたどるのか。
ニポンも同じ運命をたどるのか。
ニポン?て。
勿論政権崩壊である。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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