660 平和の句

人間はみな死ぬものだ。
といっているのは蓮如さんばかりではない。
一茶も俳句で残している。
「送り火や 今に我らも あの通り」
一茶という人はほんわかやわらかイメージであるが、なかなかどうして世相や人生に対して風刺のきいた句をいくつも作っていらっしゃる。
某新聞の金子兜太・いとうせいこう選の「平和の俳句」がスタートした。
元旦の初出句は、
「平和とは 一杯の飯 初日の出」 浅井 将行(18) 愛知県西尾市
18歳ながら目の付け所が良かった。
ご飯が食べられるという日常を平和に結びつけている。
18歳ながら戦時中や戦後の食糧困難時の米のありがたさを彷彿とさせる。
銀シャリが食べられるということの幸福感は当時としては何物にも代え難いものだった。
そしてそれがずっと続いてきたが、いつしか食べられることが当たり前になって一杯の銀シャリのありがたさが忘れられ暖衣飽食となってしまった。
しかし、振り返ってみれば食べられることのありがたさは平和そのものなのである。
という、私的な感想であった。
自分も投稿したのだが、この句には遠く及ばない拙句であった。
のでここには掲載しないが、これから折々思いついたら投稿しようと思う。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
生き馬の目を抜くような世の中、ちょっと立ち止まりしゃがんでみよう。そして斜眼で見える世相を書いてみたい。

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