669 宗教倫理道徳

今回のフランスのクアシ兄弟クリバリ事件。
宗教問題、移民問題、民族問題、格差問題、銃規制問題、表現の自由問題など多くの問題をはらんでいる。
特にムスリムという宗教の教義には通常人が入り込めない何かがある。
で、各地で数十万から何千人というデモがされている。
数年前のオキュパイ運動が世界に広がったことを思い出す。
そのデモの中心命題は表現の自由と反テロリズムだと思うが、筆者自身もそれに激しく同調する。
同調するが、しかし、それだけでいいのかという疑問もある。
その宗教をどう理解するのか。
ムスリムの宗派によるのかもしれないが、名誉を汚された事への復讐をどう見るか。
スンニ派の教義である。
崇拝するものを汚された事に対する怒りの気持ちは非常に分かる。
分かるのだがそれを復讐という形でどういう方法でどこまで実行して良いのか。
かつての西欧でも宗教戦争はあったし、日本でも同じようなことはあった。
イスラエル・パレスチナだって元はといえば宗教にかかわる。
未開の地といっては悪いかもしれないが、部族間対立も宗教的なものがある。
昔は槍や刀でやり合った。
今は銃によりより過激になった。
宗教に倫理や道徳はどうかかかわるのか。
倫理、道徳上してはならないことの一番上に来るのは殺人だろうと思うが、それと宗教の教義の関わりである。
人権を抑圧する宗教はやはり反対しなければならない。
しかし、それがその宗教の絶対的真理みたいに扱われていると、対立が起きてしまう。
すると問題は堂々巡りをする。
今後、戦争というものが宗教を巡って勃発するということになると、民主的話し合いなどというものは通用しなくなるかもしれない。
と思うのだが、複雑化する世界は単純な方程式ではすまされなくなるだろう。
と、やや落としどころの見えない話となってしまった。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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