696 へたれ文

 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 ②我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する
 ③日本国民は、と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 ④我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 ⑤日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

某党の前文をここに載せるのも憚れるほどいやだが引用してみた。
数字は筆者がつけた。
何だか見るからにちゃちで下手くそな文章である。
現憲法の前文をおかしな文章だと言っていたもと小説家の爺がいたが、よっぽどこっちの方がひどい。
というか、彼は文章家のくせしてわからんはずがないが、結局気に入らないからそういったのだろう。
①文では天皇を戴くという言葉が目を引く。
これが彼らの一番の言いたいことだろう。
戦前の帝国憲法回帰である。
出だしが日本国であって日本国民ではない。
統治されるという述語の主語は国家であって国民は統治される客体となっているということだ。
②文では述語を見ると、発展し、・・・占めており、・・・増進し、・・・貢献する、となっている。
これこそ文章上のつながりが変である。
最後の「貢献する」は、前の述語と比べて奇異な感じがする。
これは「貢献してきた」とするのならば意味は通ずる。
ここに「平和主義」という言葉が出てくる。
これが後に出てくる「積極的平和主義」につながるのだろう。
③で目を引くのは「和を尊び」である。
聖徳太子の「和をもって貴しとなす」からもってきてくっつけたようなもの。
それに家族までくっつけている。
日本国民のあり方を言っているのだが、みんなこれに逆らうなよと言っているようなもの。
個人の生き様を自由でなくてこれに従えと狭めている。
もっとも狭めているのは愛国心をもてということ。
④もそれに続いて国を守ることを述べている。
⑤は「伝統」を「国家」と結びつけて懐古的。
全体に格調高さが全然ない。
全く致命的じゃなくて恥命的なへたれ文章である。
へたれ文なので一気に載せてみた。
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Author:JAZZY
田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
JAZZYは邪爺ことよこしまなじじい。
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