742 文学的想像

2冊読書完了。
いとうせいこう「想像ラジオ」
高橋弘樹「指の骨」
「想像ラジオ」は、311震災をテーマにしたもの。
杉の木のてっぺんに置き去りにされた主人公の想像のラジオをもとにリスナーや本人の体験をラジオで伝え合うというものだ。
ラジオが始まるのが午前2時46分というのが象徴的。
家族(妻)との連絡がつかない本人の苦悩とそのうち連絡がついた後の安心、でもあちらとこちらという物理的に連絡不能な場所にいるという悲しさ。
悲しみを悲しみとせず、淡々としたモノローグのなかににじみ出る悲しさがある作品だった。
「指の骨」は全く戦争体験のない作者が書く戦争文学と言うことで話題。
主人公の体験が、作者の想像だけで書かれているところがすごいのだが、米兵を銃弾で殺すところとか、周りの戦友たちが飢えや病気で死んでいくところなどかなり悲惨であるはずなのだが、それがあまり悲惨さもなく淡々といわば軽く表現されているところがなんというかこれまでの戦争文学と違うところか。
野戦病院が主な舞台なので余計にそうかも知れないが、銃弾飛び交う戦場と言うよりもねっとりと時間だけが流れる静かな戦場が舞台なのである。
その日常は死と隣り合わせの日常で毎日誰かがマラリアや風土病で亡くなっていく。
ある意味それも戦争の悲惨を描くものである。
あるが、死の日常化に慣れてしまって淡々とした筆致が故にやや消化不良というか不満が残る。
現代の日常の生活の中にある殺人事件とあまり変わらない作風である。
と思うのである。
日常の今ある生活体験の表現をニューギニアあたりの悲惨だった戦場に持っていったという感じなのである。
しかしそれも戦争の内実でありそんな日常にしていい訳はない。
文学的想像だと言ってしまえばそれで終わりであるが。
ところで菅は「我が軍」を世界はすでにそう見ていると居直りを決め込んでしまったが大問題である。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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