777 盃に泥

盃に泥な落としそむら燕(芭蕉)
むら燕とは群燕で燕の集団ということか。
芭蕉が茶屋かどこかでいっぱい飲んでいると燕が飛んできた。
それで、俺の盃に泥を落とすなよと言っている。
飛びながら盃の中に泥を落とすのは的中率が低いが、巣の下で飲んでいるとすると盃に入る確率は高くなる。
茶屋の軒に巣を作りかけていたのかもしれない。
田んぼの始まる時分になるとツバメがやってくる。
いつもは我が家に巣を作ることはなかったが、今年は裏の軒先に巣を作り始めたようである。
表のほうには作ってほしくないのでまあ裏ならいいかと思っているが、巣作りのための泥であたりが汚されるのはいやだ。
それはともかく、今日の新聞の平和の俳句欄でわが知り合いの句が掲載されていた。
わがことのようになんだかうれしかった。
この前も、短歌欄に彼の歌が掲載されて2度続きである。
もうひとつ、文化欄では、わがモスト・フェイヴァリットの西脇順三郎のことが出ておりうれしかった。
太田昌孝氏の「永遠のトリトン」というの。
何でもいいがとにかく西脇のことが書かれているとうれしくなる。
氏もまたアンバルワリアの「天気」に魅せられた一人であった。
それはともかく同じく紙面に「日米防衛指針」の全文が載っており、全文を読む気にはなれないが、要するに同盟強化であり、憲法をないがしろにした「ぽち」指針である。
どこでも米国の戦争するところにはついて行きますよという周辺事態解消の戦争法案のおまけといっては軽いがそれの補完物みたいなもんである。
オバマもオバマだ。
何が核兵器反対だ。
ABごときにへらへらするとは情けない。
お前の持っている盃に泥を落としているのだ、本当は。
というか、俺らの持っている盃に泥を落としまくっているのはABなのである。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
Jazz大好き、クラシックも大好き。
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