850 暴走阻止

「戦争法案」は集団的自衛権を認めるもので多くの学者や関係者が違憲だと言っている。
違憲のものを審議することはそもそもがおかしいのだが、そのおかしさを本来の憲法の意味するところに合わせて吟味をすると違憲だと言うことがはっきりする。
ということで「世界」で連載している「集団的自衛権問題研究会」が出している論点をこれから一つずつまとめてみたい。
今のところ15の論点が述べられているが順不同でいきたい。
論点12の「殺し、殺されるリスクは増大するのではないか」から。
中谷防衛相は「これまで行けなかったところが、現に戦闘地域でなければ行ける」といった。
ということは自衛隊の行けるところはこれまでよりも広がる。
ということは殺し殺される戦場で活動することの危険が高まることを意味する。
米軍等の後方支援活動を可能にする「重要影響事態法案」や「国際平和支援法案」では自己又はともに現場にいる自衛隊員、そして「自己の管理下に入った者」を防護するための武器使用を認めている。
後方支援活動、いわゆる兵站といわれるものは国際法上では戦闘行為の一部と見なされる。ということはそこで活動するものはどうしても相手からの攻撃を覚悟しなければならない。
そこで武器使用の条文が出てくるのであるが、つまりは自分の身に戦闘行為としての危険が迫ったときには武器使用を認めるという。
切迫した状況では上官の命令なくとも隊員一人一人の判断により武器使用も可能ということは、まさに戦争行為に入ってしまうということだ。
それは全く九条の理念から離れてしまっている。
たとえ安全な地域といわれるところであっても、自爆攻撃とか一発の銃弾が不意に飛んでくることもあり得ることを考えれば安全な戦場は存在しない。
その場にいった自衛隊員が隠れ戦闘員がいるかも知れないという恐怖に民間人に引き金を引いてしまうことも考えられる。
銃が撃てるということは明らかに九条違反なのである。
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田舎親爺のつれづれ日記。記憶を記録に、記録を記憶に。
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