930 雲に鳥

この秋は何で年よる雲に鳥 (芭蕉)
この秋は何でこんなに年老いたと感じるのか。
空を仰げば鳥が雲の向こうに消えていく。
(芭蕉全句集・訳から)
上5と中7は主語述語で一貫している。
この秋は何でか年取ったように感じるなあ。
ごく普通の感慨である。
しかし、下5の「雲と鳥」はあまりにも唐突。
年取ったことと雲と鳥の脈絡があまりにも離れている。
芭蕉はこの下5を出すのに呻吟したという。
もともと「雲に鳥」は「鳥雲に入る」で春の季語らしいが、芭蕉は秋に持ってきて強引にひっつけたと言える。
ああ年取ったなあと嘆息していたら向こうに鳥が飛んでいくのが見えたのだろうか。
このころ病床にあった芭蕉は、ふとんの中にあってはそんなものは見えるはずもなく頭でひねり出したとしか思えない。
どうして「雲と鳥」を思いついたのか。
芭蕉ではないのでその辺の事情は分からないが、飛んで消え去る鳥が「老い」のイメージを与えたのだろうか。
それとも消え去るのだから「死」のイメージか。
どちらにしても一瞬の感興がそれを決めたと言える。
それでもなお芭蕉は下5にえらく迷ったとされる。
ああおれも年をとったなあ。
そういや、鳥も飛んで雲の向こうに行ってしまう。
こちらから向こうへ。
幼年、青年、壮年、老年となっていくのだ。
というようなイメージで鳥を思ったか。
がらりと変わる下5にはいまだになじめない。
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